生まれた赤ちゃんや乳児を守るために、ママ(妊婦)へのワクチン投与が奨められます
- 2024年6月15日
- 感染症に関すること,妊娠に関すること,ワクチンに関すること
新生児および乳児における感染症を予防するために、妊婦へワクチンを投与する「母子免疫」の有効性をご存じですか?
生まれたばかりの赤ちゃんや乳児(生後6カ月頃まで)では、身体の免疫機能が未熟なため、ウィルスや菌に対する抗体を十分に産生することができません。そのため感染症に対する抵抗力が弱いと言えます。一方で、ママ(妊婦)の身体で作られた抗体は胎盤を経由して胎児へ移行し、生まれてから数カ月間はその抗体が児の体内で維持されることが知られています。いわば、免疫力が弱い赤ちゃんや乳児をママの抗体が守るのです。
しかしながら一部の感染症は、ママの身体で自然に作られた抗体だけでは予防することができません。そこで、ママ(妊婦)にワクチンを投与して、ママの体内でこれらの感染症を予防する抗体を作り、胎盤を経由して胎児に送り、生まれてからしばらくの間、赤ちゃんを守ろうという「母子免疫」の取り組みが始まりました。具体的には新生児や乳児で大きな問題となるRSウィルス感染症や百日咳を予防するために、ママ(妊婦)にワクチンを投与する取り組みです。
新生児や乳児におけるRSウィルス感染症
RSウィルス感染症は成人ではいわゆる「かぜ」の原因ですが、小児や高齢者において非常に重要な呼吸器感染症の一つで、インフルエンザウィルスや新型コロナウィルス感染症と同等に扱われる「5類感染症」です。生後1歳までに約半数の児が、生後2歳までにほぼすべての児が、このウィルスに一度は感染すると言われています。RSウィルス感染症の症状は、上気道炎(鼻水、鼻づまり、くしゃみ)から下気道炎(咳、喘鳴、呼吸困難)など多彩な症状を示し、重症化すると、肺炎、脳症などを引き起こし、命の危険性があります。日本では年間約12万人の2歳未満の乳幼児がRSウィルス感染症と診断され、そのうち約3万人が入院治療を要したという報告があります。つまり重症化率は25%という恐ろしい疾患と言えます。特に6カ月未満の児において重症化しやすいことが知られており、基礎疾患を持たない元気な児においては、生後2ヵ月頃に重症化のピークを迎えると言われています。これらを踏まえると、新生児や乳児におけるRSウィルス感染を予防することは、非常に重要な意味を持ちます。
しかしながらRSウィルスに対する有効な治療薬はなく、対症療法のみであり、また児へのワクチン投与は月齢が浅い児には実施することができません。重症化リスクの高い児(いわゆる未熟児や病気を抱えた児など)に対しては、RSウィルスに対する抗体薬であるパリビズマブ(シナジス)を投与するという選択肢がありますが、大多数の一般的な児へは投与できない現状です。そこで、ママ(妊婦)に対するRSウィルスワクチンの接種が奨められるのです。
RSウィルスワクチンと母体への投与による有効性と安全性
RSウィルスワクチン(アブリスボ)はわが国では2024年6月より接種可能となった新しいワクチンです。これまでの日本人を含む臨床試験では、児のRSウィルス感染症に対する効果として、医療機関を受診する下気道炎を予防する効果は、生後3ヵ月以内で約57%、生後6カ月以内で約51%でした。さらに重症の下気道炎(肺炎など)を予防する効果は、生後3ヵ月以内で約82%、生後6カ月以内で約70%でした。一方副反応では、頻度の多いものは、注射部位の疼痛、紅斑、腫脹、頭痛、筋肉痛などが、頻度の少ないものでは過敏症、ショック、アナフィラキシー等が報告されています。これらはいずれもワクチン全般に認められるもので、数日で消失することが多いものです。またワクチン接種による早産・低出生体重児・児の先天奇形の有意な増加は示されていません。つまり有効性は非常に高く、安全性では他のワクチンと相違ないものと言えます。
新生児や乳児における百日咳
百日咳は百日咳菌による呼吸器感染症で、あらゆる年齢層がかかる可能性がある疾患ですが、特に新生児や乳児において重症化しやすいことが知られています。重症化すると、肺炎、脳症などを引き起こし、命の危険性があります。月齢が若くなるほど、咳などの症状が出ずにいきなり呼吸困難を来すこと、入院治療となる確率が高いこと、特に生後2ヵ月以内では死亡率が高くなること、などの特徴があります。RSウィルス感染症の場合と同様に、有効な治療薬はなく、また児へのワクチン投与は月齢が浅い児には実施することができないため、大きな問題です。さらに、児の百日咳の感染源は母が32%で最も多く、次いで兄弟姉妹(20%)、父 (15%) であるというショッキングなデータが公表されています。つまり新生児や乳児の百日咳を予防するためには、ママを含む家族にも予防策を講じないといけないのです。
百日咳ワクチンの母体への投与による有効性と安全性
百日咳菌に対するワクチンは、三種混合ワクチンであるTdapおよびDTaP(DPT)が知られており、わが国ではDPTワクチン(トリビック)が投与できます。DPTワクチンは、ジフテリア菌・百日咳菌・破傷風菌の三種類の感染症に対する混合ワクチンで、古くから乳児から成人まで広く接種され、有効性と安全性が示されています。三種混合ワクチンをママ(妊婦)に投与することによって、ママの体内で産生された抗体が胎児へ移行し、生まれたばかりの赤ちゃんや生後数カ月の乳児の百日咳を予防できることも判明しており、欧米では広く実施されています。近年わが国の産婦人科施設においても、その流れが徐々に広がっており、三種混合ワクチンを妊娠中に接種するママが少しずつ増えています。三種混合ワクチンは不活化ワクチン(百日咳)と無毒化トキソイド(ジフテリアと破傷風)の合剤であるため、児への安全性は高く、またママ自身にも有益であることから、接種が奨められます。
ワクチンの接種の流れと費用
当院で妊婦健診を受けている妊婦の方はもちろんのこと、他の施設で妊婦健診を受けている妊婦の方にも、これらのワクチンを接種します。
接種する期間としては、RSウィルスワクチン(アブリスボ)は「妊娠26週~妊娠36週」とされていますが、抗体産生と移行および抗体価の持続期間を踏まえると、「妊娠28週~妊娠36週」に接種するのが最も効果的と考えられます。また三種混合ワクチン(トリビック)は「妊娠27週~妊娠36週」とされています。
これらのワクチンは生ワクチンではないため、厚生労働省によれば接種間隔の規定はなく、いつでも接種可能であり、同時接種も可能です。
接種は予約制ですので、あらかじめ妊婦健診時に対面でご予約いただくか、Web予約システムもしくは電話予約でご都合のよい日時をご指定ください。
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RSウィルスワクチン |
三種混合ワクチン |
接種時期 |
妊娠28週~妊娠36週 |
妊娠27週~妊娠36週 |
接種方法 |
0.5mlを筋肉内に1回接種 |
0.5mlを皮下に1回接種 |
料金(税込) |
33,000円 |
5,500円 |
最後に
お産(分娩)という大きなイベントを終え、慣れない子育てが始まったばかりの時期に、かわいい我が子がRSウィルス感染や百日咳で苦しむのを見るのは、親として心底忍びないのと同時に、この時期はママ自身の体調も本調子ではないことから、児の看病がとても困難であることも容易に想像がつきます。私自身、3人の子供を育てた母親として、その大変さは身に染みて理解しています。
妊婦にワクチンを投与することによって、生まれて間もない児を感染症から守るという母子免疫のコンセプトは、「ワンオペ育児」や「子育ての孤独(孤立)」が指摘されるわが国において、非常に意義の大きい医療行為だと思います。私たちはすべての妊婦さんや未来ある子供たちの味方でありたいと考えています。
文責 小宮山瑞香
こみやまレディースクリニックあざみ野院長